関西旅行3:向こう側

23時過ぎ、元町に着いた。映画「ヘドウィグ&アングリーインチ」のイベントがあると聞き、今夜の宿代わりに一人踊り明かそうという目論見だ。
会場に着いて誤算に気付く。

足、痛いんですけど。

重たい荷物を背負って一日中歩き回ったせいで僕の膝は故障していた。肩や腰にも乳酸がたまり、一刻も早く休みたかった。

席、空いてないんですけど。

会場の「cafe FISH」は予想以上の混雑を見せ、一階のフロアはおろか二階のラウンジまでお客さんでいっぱいだった。階段のすみっこに腰を下ろしてしばらく休む。

おかしい。自分の体じゃないみたいだ。

周りからは喧しいグラムロックと耳慣れない関西弁が響いている。スクリーンに映るヘドウィグのメイクに吐き気を催す。いつもなら気にもならない些細なことに腹が立って仕方がない。
気分を変えようとフロアに立つが周囲のアッパーな空気についていけず、いくら踊ってもカタルシスがない。状態はますます悪化し、日付の変わるころには孤独とメランコリーが自分をすっぽりと包んでいた。


ここで選択肢が出た。

どうする?
たたかう(現実と)
にげる(この場から)
じゅもん(自己暗示。状態回復・変身など)
どうぐ(回復アイテム。酒など)
はなす(周囲と)

たたかう
→たいりょくが たりません 

にげる
→しゅうでんが ありません
 とちかんも  ありません 
 とまるやども ありません
 

じゅもん
フリスクは ポジティブのじゅもんをとなえた!
 しかし ききめがなかった!

どうぐ
フリスクは カクテルをのんだ!
 フリスクは カクテルをのんだ!
 フリスクは よってしまった!(当然)
 いたみが きえた!
 しゅうちしんが きえた!
   
はなす
フリスクは みしらぬじょしに はなしかけた!
 みしらぬじょしは にげだした!
 つうこんのいちげき
 フリスクは こころに 999のダメージ!
 フリスクは しんでしまった!
 
おお フリスクよ しんでしまうとは なさけない…。
そなたに もういちど きかいを あたえよう
ふたたび このようなことが ないようにな 
では ゆけ! フリスクよ! 


ゆけ!って言われてもどこへだよ。そもそもお前は誰なんだ。

自分にツッコミを入れながら一旦外に。
ローソンでコーヒーとパンを買って食べ、体力の回復と眠気の除去を図る。
HPとMPを回復させて再入場。

落ち着いて周りを見渡すと人だかりを発見。行列の先にはメイクブースがあった。男女問わずグラムロック特有のコテコテメイクに変えられていく。

「やってみますか?」
→はい
旅の恥は掻き捨て。一度死んだ自分に選択の余地などない。

「目、つぶってて下さいね」
ビューラーが睫毛を挟む。パフが頬をこする。唇を口紅が撫ぜる。
「まだですか?」
「もう少しですよ」
下地を作られながら、こんな面倒な作業を毎日欠かさない女子の皆様を尊敬した。

25分経過。
「はい、完成でーす」
目を開ける。鏡の前にはグロスできらめく赤い唇と目力三倍増の黒い睫毛、青い瞼。白塗りの顔には赤いチークが映える。髪は黒の短髪であごひげが生えている。

うわはははー!ぶさいくー!ぶさいくー!きもちわるー!ありえねー!

自分で自分に大笑い。鏡をもう一度覗きこむ。
「こんなの自分じゃない」とまで思ったとき、頭の中で何かが弾ける音がした。

フリスクは こわれてしまった!

フロアでは狂ったように踊り(いつもか)上着を脱ぎ捨てTシャツ一枚になる。「ありえないTシャツ」と言われたピンクと黒のバンビTシャツである。

酒を飲みにカウンターへ。すれ違う人間には男女問わず視線を投げて挑発し、キスを投げ秋波を送る。
奇異な目が投げられるがまったく意に介さない。

もっと見て!もっと笑って!もっと蔑んで!
ぐっとテンションが上がる。注目が集まる。(以下好きなだけ繰り返す)

その後のライブと2回のドラァグクイーンのレビューも堪能した。

関西のスカバンドスカポンタス」のライブは迫力があった。ホーンセクションに厚みがあり、盛り上げ方をよく知っていた。スカだからか?関西だからか?終始笑顔だったのが印象的。

シモーヌ深雪率いる「DIAMONDS ARE FOREVER SPECIAL」のドラァグクイーン達に圧倒された。
知らない世界を覗きたい好奇心が満たされ、色々と勉強になった。
一口にドラァグクイーンと言っても色々なタイプの人がいると分かった。男の姿のまま踊る人、デブキャラ、かわいい人、女と見紛うほどの美人など。持ちネタも脱ぎや踊り、歌(マドンナやマライア等)など各自が絶対の武器を持っていた。最後に登場したシモーヌ深雪はやはり凄みがあった。

ところで、踊ってるときにこんなことがあった。

「まえ、ていうの?」
耳元で叫ばれる。
20歳も行ってなさそうな女の子二人組がこちらを見ている。
「えー?」
「名前、何ていうの?」
「○○○(本名)」
「じゃ○○(本名の頭二字。便宜上「フリ」を代入)ちゃんね。よろしくー」
クラブで女の子に声かけられたのはじめてで(男には何度かある。一度などキスを迫られて怖かった)、動揺と喜びを隠しながらぎくしゃくと話をした。

イベント終了後、流れで寄った三宮のファミレスにて。
「何で僕に声掛けたの?」
「本職かと思うて」

つうこんのいちげき
フリスクは こころに 2000のダメージ!
フリスクは しんでしまった!

おお フリスクよ しんでしまうとは なさけない…。