関西旅行1:東京からの逃亡

午後7時、家を出る。宿も決めず行き先も調べない。行き当たりばったりの卒業旅行が始まる。同行者は勿論いない。まともな友達は全員就職してしまったのだ。唯一の頼みは青春18きっぷ。23にもなった無職の男に青春も18もあるかい、と思う。しかし、金のない身には何よりの心の支えだ。

背中にはリュック。暇潰しと勉強用に本をぎっちり詰めたトートバッグを肩にかけ、手には土産の布甸楽園(http://www.ej-kiosk.jregroup.ne.jp/syohin/purin.asp)セットを持つ。多分15kgくらいの荷物を抱えているのだろう。足元がふらつく。駅の鏡ごしに見た自分は旅行者というより亡命者。

■根拠
・リュック
薄汚れたカーキの重たいリュック。昨秋の京都訪問時フリマで購入した。
「米軍放出品を古着屋で見つけ、2年使って売りに出した」
と、元持ち主。軍モノだけあって古さと頑強さと巨大さには定評がある。「炊き出し」「プチ旅」と人には呼ばれ、父が戦後を思い出して遠い目になる代物。

・ひげ
三月のイベントに向けて伸ばしてみたところ癖になり、40日以上生やしっぱなし。地毛なのか日光で退色するのか金色とも茶色ともつかない色になっている。現在15ミリ、これだけ長いと何かと便利だ。風が吹いても顎は暖かく、ゴルフ場で風向きを確かめることもできる。「今朝剃ってきたんだけどなあ」のCMにも出られる。でも、同じペースで体毛が伸びたら夏の女子さんは大変だろうなあ。

午後9時半に新宿到着。夜行が品川から出るまで2時間半ある。ごはん屋も閉まる時間だし品川の飲み屋は知らない。となれば馴染みのハンニバルへ。
金曜の夜ということも手伝い、店は混雑、厨房は修羅場。気さくなシェフのモンデールも無駄話に付き合ってくれる雰囲気じゃない。ギャルソンの直子さんがやってくる。「僕が食べたことがないものを」と曖昧に注文をするとマトンのソーセージを奨められる。
「クスクスは?」
「いや、今日は酒とパンと一品で十分」
「金曜はね、クスクスとおかずの一品をセットで出してるのよ」
「じゃ、クスクスとセットで」
クスクスは相変わらずうまかった。新メニューのマトンソーセージも。だが、クスクスと違って他の店では絶対に食べられない味というわけではないのが残念。定番の前菜、タジンかブリック以外をアラカルトで頼むならカムニア(牛の胃袋のトマト煮込み)を推薦します。

食べ終わって時計を見るともうすぐ11時。そろそろ行かなくちゃ。
「俺が一杯奢るよ、マイフレンド」
ジンをロックで注いでくれる。
ちょっとほろりと来る。ありがとうモンデール、いい旅にするよ。
会計時、酔いが醒める。ちょっとくらりと来る。
ワールドカップに向けて二人は忙しい。無休で店を開け、5/3からは池袋西武の地下でフェアをやる。もちろん店も休まないらしい。有名になるのはいいけど、二人が体を壊さないことを心から願っている。

品川に到着、臨時夜行の「ムーンライトながら」に乗る。自由席が出る小田原までは立って行き、駅で即座に乗り換える算段だった。が。連結がないらしい。どうやら臨時夜行といつもの夜行ではパターンが違うようだ。待てよ。座れないのか?

悪い予感的中。

さらに悪いことに(英熟語的だな)乗客の多さから連結器付近に追い遣られる。前には仕事帰りの酔っ払い会社員、後ろには車内トイレ。下は揺れ、横からは風が吹きつける。退屈凌ぎにメールボックスを眺め、新社会人からの近況報告メールに「西へ旅立つ」と返す。

1時半、小田原。会社員のみなさんが東海道線の途中駅で降り、ようやく連結器から解放される。ドア脇にポジションを固定され、ずるずると床に座りこむ。雑誌や新聞紙を引きたいところだが、そんな余裕は物理的にも精神的にもなくなっている。眠ろうにも眠れず、停車するたびに外の冷たい空気が車内に流れ込んでくる。長い停車になると苛立ちもたまる。現実逃避のために持参した本を貪り読み、必要なページのみ破いて読み進む。その程度の本だったので後悔は全くなし。


メールが返ってきた。
「西へ!?何処へ行くか分からんけど酒飲みすぎたりして無茶しすぎないようにねー(後略)」
多分無茶します。


2時5分。前で眠っていた若い会社員が目を覚ます。
「辻堂ですか?」
「さあ、静岡あたりじゃないですか?」
ここは沼津。ちびまる子ちゃんの舞台。辻堂は0時39分に過ぎました。
会社員氏はダッシュで駅に降り、走っていった。

6時前、ようやく電車が終点に。鈍行に座り、ようやくぐっすり。目が覚めるとまだ山の中。意外に進んでいないことが判る。速い電車に乗り換えなければ京都着が遅れるかもしれない。京都を案内してくれる友人ぷこさんを待たせてはならない。急げ!

近江八幡に途中下車。外気に触れるなりあまりの低温に驚き、滋賀県民のぷこさんに頭の腐乱したメールを送りつける。

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Subject: おそるべし近江八幡

新快速乗り換えに伴い途中下車。寒い!寒すぎ!在庫全部着ているのにお構いなし!ガタガタぬかすと時空ねじ曲げるぞ☆再び風邪ひかすぞ★ってくらい。何書いてるか分からないでしょう。望む所、僕にもからっきし分かりません。あるのは廃テンションばかり。

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今見てもまるで分からない。寝がけにこんなメールを受け取ったぷこさん、どんな気分がしたでしょう。

近江八幡はぎりぎり北陸文化圏に位置するので、こちらとは全く気候が異なります。まさにツンドラ

冷静な返信がありがたい。
ともあれ、8時過ぎには京都到着。
待ち合わせはまだ間があるのでぶらぶらすることにした。