それ何色って言うんですか。

歯医者へ行く。左奥2番目の奥歯を治療する運びになる。
薄いピンクの白衣を着た歯科助手は言う。
「麻酔大丈夫ですか」
「はい」
口の中に忍び込んだ細い針が歯茎をちくと刺す。苦くて酸っぱい味が広がり、15秒くらいで治まる。顎から頬骨、こめかみと血流に乗って痺れが登っていく。

速乾性のプラスチックで歯の型を取る。

診療台に横たわって先生の到着を待つ。頭がぼおっとする。うまく考えられず、見るものもない。が、その方が普段よりずっと楽ちんで快適だ。

壁と天井が白い。詰め物のセメントを練る歯科助手の指と手首も白い。見覚えのある黄色みがかった白。何色というんだっけ。聞いたことはあるけど思い出せない。思い出せない。

先生がきて歯を削り的確な指示を与えて去っていく。
診察終了。

「三十分は何も食べず、ガムなど粘着性のあるものは避けて下さい」
「はい」
「2〜3時間は麻酔が効いていますので唇など噛まないようにお気をつけて下さい」
「はい…あ、」
左脳とこめかみと唇が痺れてうまく動かない。ア行とハ行の単語以外喋れないだろう。
「どうなさいました?」
「いえ」
「お大事にどうぞ」

午後十時に麻酔が切れて歯が痛み出す。詰め物が外れてしまったようだ。苦くて酸っぱい味を舌先で確かめる。口の中をもごもごさせながら制限の範囲で最も的確な単語の組み合わせを探すことにする。